ようやく知った社交辞令

私が「社交辞令」というものを知ったのは、他の人よりも遅かったようです。

「また遊ぼうね」と言われると「また」があると信じていました。「今度遊びにおいで」と言われると、今度とはいつ行ってもいいのか考えていました。「遊びに行くからね」と言われると、遊びに来てくれる日をずっと待っていました。

「一体いつ遊べるのだろう?」「いつ遊びに行ってもいいんだろう?」「全然遊びに来ないね…」そんなことを口にする私に、親が教えてくれたのです。それは、社交辞令というものだということを。

よく口にするけれどまず実現は望めないだろうという約束は、仕事にもあります。

「近いうちに食事しましょう」近いと言ったはずが、遠くになってでも実現すればまだマシです。

「落ちついたらまた会いましょう」落ち着く日は、待てど暮らせど訪れません。人生はなかなか落ち着かないもののようですね。

「前向きに検討します」この段階で、後ろ向きなのは見え見えのケースも。口ではそう言いながらも、頭の中では断りの理由を考えていることも少なくないと思います。

「機会があれば一緒にお仕事できると嬉しいです」おそらく、その機会は一生ありません。

「近くに来たら寄ってください」自分でそんなことを言うときも、心の中では「目の前に来ても寄ってはくれないだろうな」とわかっています。

「また、お会いする日を楽しみにしています」いつまで楽しみにしていればいいものでしょうか。

どの言葉にも、決して悪気なんてないのだと思います。中には、本当に心からの言葉もあると思います。だけど、予定は未定。人生とは忙しいもので、一つ片付けばまた次がある。ちょっとの時間さえ、無いときもある。

社交辞令だと受け取っておいて、もし実現する日が来たら喜ぶことにします。

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